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東京高等裁判所 昭和49年(う)2448号 判決 1977年2月28日

本店所在地

山梨県西八代郡市川大門町一、八五〇番地

株式会社 マルアイ

右代表者代表取締役

村松常男

本籍

同町一、〇六〇番地の二

住居

同町二、六六一番地

会社役員

村松愛作

明治三二年一月二日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、昭和四六年九月二九日甲府地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、被告会社株式会社マルアイおよび被告人村松愛作からそれぞれ適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官設楽英夫出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する

理由

本件控訴の趣意は、弁護人堀内茂夫作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事中野博士作成名義の答弁書記載のとおりであるから、それぞれこれを引用し、控訴趣意に対して、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

法令の適用の誤りの主張について。

一、損金の計上もれについて。

所論に徴し、本件記録を精査して考察するに、原判決の損益計算において、本件事業年度に生じたとみられる仕入や費用の一部が同年度の損金に計上されず、その翌期に繰延べられていることが窺われることは、所論指摘のとおりである。

法人税の納税義務者が確定申告をするに当り、当該事業年度における仕入や経費などは、それが当該事業年度において一定金額を支出すべき債務として確定しているものであれば、たとえ現実には未だ金員を支払つていなくても、これを同年度における損金として計上することが許されることは明らかである。しかし現実に支出があるまでは確定計算のできないものなどのように、未だ債務として確実に捕捉し得ないものは、損金としての計算から除外すべきである。また、一定金額を支出すべき債務として確定しているものであつても、当該納税義務者において現実に支払つた日の属する事業年度の経費として計上する経理慣行の存する場合は、それが公正妥当な会計処理の基準であると認められる限りこの経理慣行に従つて、現実に支払われた日の属する事業年度の損金として計上すべきであり、これをもつて期間損益対応の原則に反するものとはいえないと解するのを相当とする。

ところで、証人樋口三郎の原審第四回および第七回各公判調書中の供述記載ならびに同人、常磐喜雄および斎藤恒作の各検察官に対する供述調書を綜合すると、被告会社は、本件事業年度の一〇年以上も前から当該事業年度内に発生した仕入や費用についても、請求書、納品書等の到着や計算が遅れあるいはまた支払うべき金額が確定しないなどの理由から、同年度内において支払いがなされなかつた場合は、同年度の損金に計上しないで、現実に支払われた日の属する事業年度の損金として計上して法人税の申告をしてきたこと、そして右会計処理の方法は、税務当局もこれを是認していたことが認められる。すなわち、被告会社においては、当該事業年度内に発生した仕入や費用で右のような理由により、同年度内において支払われなかつたものについては、現実に支払われた日の属する事業年度の損金として計上する経理慣行をとつてきたのである。したがつて、所論指摘の本件事業年度に生じたとみられる前記仕入や費用の一部は、右経理慣行に従つて、現実に支払われた日の属する事業年度(昭和四二年度)の損金として計上すべきである。本件事業年度に限り、権利発生主義に基づいて前記仕入や費用の一部の生じた当該事業年度の損金として計上することは許されないのである。昭和四二年五月三一日法律第二一号(同年六月一日施行)により設けられた法人税法第二二条第四項の規定は、所得の金額の計算につき従来認められていた原則を明文にしたものと解されるのであるが、同条項に「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて計算されるものとする」とあるのは、客観的、常識的にみて規範性がありこれが公正妥当な会計処理の基準であると認められるものであれば、企業会計がそれに従つている限り、それを認めていこうとする態度を明らかにしたものであると解するのを相当とする。

前記証拠によれば、被告会社の前記経理慣行は、被告会社本店所在地と仕入先などとの距離や通信、交通事情、被告会社の取扱い事務量が比較的多いこと、紙製品業界の相場変動へのおもわくによる債務額の不確定などの理由から生じたものであり、もとより不正経理などの悪意に出たものではないのであつて、前記のように税務当局により是認されてきたものである。被告会社が右経理慣行に従つて前示のように、本件仕入や経費の一部を、現実に支払つた日の属する事業年度の損金として計上することは、右一般に公正妥当と認められる会計処理の基準にもとるものとはいえない。本件事業年度より後、被告会社が前記会計処理の方法を変更したとしても、すでに多年に亘り採用してきた経理慣行に従い損益計算をし、これに基づいて確定申告をした後にいたつて、本件事業年度に遡り、この慣行を変更し、あらためて、損益計算をすることは許されないというべきである。したがつて、この点について原判決には法令適用の誤りは存しない。

二、売上除外額の認定について。

所論に徴し、本件記録を精査して考察するに、本件売上除外額の確定について、売上メモがないもの、および売上メモはあるが、同メモには売上以外のものが混入されて記載されているものについては、推計計算をなしたことが窺われることは、所論指摘のとおりである。

しかしながら、原判決挙示の証人玉利盛隆の原審第三回公判調書および同樋口三郎の原審第四回公判調書中の各供述記載、塩島愛子の検察官に対する供述調書、塩島美代子、宮下幸子および秋山京子に対する大蔵事務官作成の質問てん末書、大蔵事務官作成の現金売上除外額の調査書と題する書面、被告人村松愛作の検察官に対する供述調書ならびに同人に対する昭和四三年三月一三日付、同年六月一七日付および同月二四日付大蔵事務官作成の各質問てん末書に、押収してある売上メモ四枚(東京高裁昭四六年押第六四一号の一)、現金売上計表メモ等二枚(前同押号証の四)および経営分析資料三冊(前同押号証の六)を綜合すると、右推計計算の基礎となつた金額および推計計算の方法が検察官作成の冒頭陳述要旨書別表二の番号1の説明欄記載のとおりであることが認められる。そして、右推計計算は、合理的であると認められるから、本件売上除外額は、証拠によつて認定されたものというべく、確たる証拠に基づかないものであつて厳格な証明および疑わしきは罰せずの原則に反する判断であるというが如き所論は、とうてい採用することができない。この点についての論旨も理由がない。

三、青色申告書提出の承認取消に基づく特典の否認について。

関係証拠によると、被告会社は、昭和二五年ころ、青色申告書提出(以下青色申告という)の承認を受けたが、被告人村松は、被告会社の代表者として自ら現金売上の一部除外、簿外預金の蓄積および簿外利息の取得、棚卸除外などによりその帳簿書類に取引の一部をかくし、または仮装するなどし、本件申告に際し、所得を過少に申告し、かつ価格変動準備金、貸倒引当金、退職引当金(以下価格変動準備金等という)を損金に算入したことが認められる。

ところで、青色申告承認の制度は、納税者が自ら所得金額および税額を計算し自主的に申告して納税する申告納税制度のもとにおいて、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであつて、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する納税者に対して特別の青色申告書による申告を承認し、青色申告書を提出した納税者に対しては、推計課税を認めないなどの納税手続上の特典および各種準備金、繰越欠損金の損金算入などの所得計算上の特典を与えるものである。そして、被告人村松が被告会社の業務に関してしたところの、右に認定したような不正な方法による逋脱行為は、青色申告承認の制度とは根本的に相容れないものであるから、ある事業年度の法人税額について逋脱行為をする以上、当該事業年度の確定申告にあたり右承認を受けたものとしての税法上の特典を享受する余地はないのであり、しかも逋脱行為の結果として後に青色申告の承認を取り消されるであろうことは行為時において当然認識できることなのである。したがつて、青色申告の承認を受けた法人の代表者がある事業年度において法人税を免れるため逋脱行為をし、その後その事業年度にさかのぼつてその承認を取り消された場合におけるその事業年度の逋脱税額は、青色申告の承認がないものとして計算した法人税法七四条一項二号に規定する法人税額から申告にかかる法人税額を差し引いた額であると解すべきである(最高裁昭和四七年(あ)第一三四四号昭和四九年九月二〇日第二小法廷判決)。

しかして、関係証拠によれば、被告人村松が前記認定のように青色申告の要件に反したため、昭和四四年二月一五日に所轄鰍沢税務署長から本件事業年度分以降について青色申告の承認を取消す旨の決定を受け、同月二八日書留郵便によりその旨の通知を受けたことが認められる。

そうすると、原判決が被告会社の所得計算をするに当り価格変動準備金等二八〇〇万五九八五円の損金算入を否認し、これに基づいて本件事業年度の法人税の逋脱税額を算出しているのは相当である。論旨は理由がない。

四、刑の量定について。

前記三でみたところの本件逋脱の手段、方法、および逋脱税額等に照すと、弁護人の指摘するところの、被告会社および被告人村松にとつて有利な情状をすべて考慮しても、なお原判決の量刑が不当に重いとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東徹 裁判官 佐藤文哉 裁判官 中野久利)

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